『マリオカート ワールド』

2025.5.21

ジャンプアップをしたい

任天堂のものづくりに対する考えやこだわりを、
開発者みずからの言葉でお伝えする
「開発者に訊きました」の第18回として、
6月5日(木)にNintendo Switch 2 と同時発売となる
Nintendo Switch 2 ソフト『マリオカート ワールド』の
開発者のみなさんに話を訊いてみました。

まず、簡単に自己紹介をお願いできますか。

矢吹

『マリオカート ワールド』のプロデューサー、矢吹です。
「マリオカート」シリーズには『マリオカートWii』からかかわり、
『マリオカート7』『8』ではディレクター、
『8 デラックス』からプロデューサーをしています。
『ARMS』※1でもプロデューサーとしてかかわりました。

※12017年6月発売のNintendo Switch用ソフト。2つのJoy-Conを使って、のびるウデ「アーム」で戦う格闘スポーツを直感的に楽しめる。

佐藤

プログラムディレクターの佐藤です。
今作では主に技術面のディレクションをしました。
「マリオカート」シリーズには『マリオカート8』から
プログラマーとして携わってきました。
他には『ARMS』のディレクターや、
「Wii Sports」シリーズ※2のプログラムを担当してきました。
みんなでワイワイ楽しめるソフトを担当することが多いです。

※2Wiiリモコンを使用してさまざまなスポーツを直感的に楽しめるゲームシリーズ。
2006年12月発売のWii用ソフト『Wii Sports』、2009年6月発売のWii用ソフト『Wii Sports Resort』などがある。

石川

アートディレクターの石川です。
今作ではビジュアル周りのとりまとめを担当しました。
キャラクターデザイナーとして、『マリオカートDS』や、
『マリオカート7』にかかわりました。
『マリオカート8』『ARMS』ではアートディレクターを担当しました。

軸丸

軸丸です。
プランナーのリーダーという立場で、
遊びづくり全般を担当しました。
ここにいるみんなとは『マリオカート8』、『ARMS』から
ずっと一緒に開発してきています。

朝日

朝日です。
今作ではミュージックリードとして
BGM周りのさまざまなとりまとめや、作編曲を担当しました。
「マリオカート」シリーズには、『マリオカート8』からかかわっています。
その他には『スーパーマリオメーカー2』※3などの作曲を担当し、
『ARMS』ではサウンドディレクターとして参加していました。

※32019年6月発売のNintendo Switch用ソフト。さまざまなパーツを組み合わせてオリジナルのコースをつくり、遊ぶことができる横スクロール型2Dアクションゲーム。

ありがとうございます。では始めに矢吹さんから、簡単に今作『マリオカート ワールド』のご紹介をお願いできますか。

矢吹

はい。『マリオカート ワールド』は、
前作『マリオカート8 デラックス』の発売から
約8年ぶりとなるシリーズ新作です。
今作では大きなひとつながりの世界を舞台に、
これまでのようなコースを3周するレースはもちろん、
コースとコースをつなぐ道でレースしたり、
「サバイバル」という大陸横断レースもできたりするのが特長です。

昼から夜、夜から昼へ時間帯が変わっていったり、
雨や雪など天気も変わっていったりと、
そんな日常の環境変化も味わえる世界になっています。

また、レースに加え「フリーラン」というモードを用意していて、
ひとつなぎになった世界を自由に走り回ることもできます。

いろんなコースが地続きになっているんですね。そんな本作の開発がスタートした経緯を教えていただけますか。

矢吹

『マリオカート8 デラックス』開発中から
「次のマリオカートをどうするか?」を考えていて、
2017年3月に試作を開始し、その年末に
プロジェクトとして正式スタートしました。

これまでのシリーズで踏襲されてきた
個別コースを走るのは『マリオカート8 デラックス』で
ひとつの形をつくれたと思ったので、
今度は大きな世界を走りまわれる遊びをつくりたいと思い、
こんなワールドマップをつくっていました。

こうやって見ると世界がどうやってつながっているのかがわかりやすいですね。それに、細かく見てみると、細部までつくりこまれているのがわかります。

矢吹

ぎゅっと密度が高くなっている場所が、
これまでの「マリオカート」でいうところの「マリオサーキット」や
「クッパキャッスル」といったコースにあたります。
前作まではコースをひとつずつ
独立したものとしてバラバラにつくっていましたが、
今回はすべてのコースがひとつの世界にあってつながっているので、
こんなマップになっています。

今作は単純に「どれだけのコースを増やすか」というような、
バリエーションと物量を増やしていく方向ではなく、
ガラッとコンセプトを変えて、広い世界で遊べるようにしたい、
と考えていました。

先にタイトル名のことをお訊きするのですが、最初から『マリオカート9』ではなく、『マリオカート ワールド』というタイトル名にする予定だったのでしょうか?

矢吹

コースを新たに一個一個増やしていく、という発想だったら
『マリオカート9』になっていたと思います。

ですが、今作はそのような進め方ではなく
シリーズとしてもジャンプアップをしたいという想いがあり、
ナンバリングを一旦やめて
完全な新作として『マリオカート ワールド』でいこう、と思っていました。

なので、開発初期のコンセプトアートにもすでに
「MARIO KART WORLD」って書いていました。

本当ですね。コンセプトアートにも名前があるぐらい、最初から一貫した想いだったんですね。ところで、その「世界をひとつにつなげる」という発想はどこから出てきたのでしょうか。

矢吹

これまでの「マリオカート」はひとつのコースを遊んだら、
次は別のコースに切り替えて遊ぶという流れでした。
でも今の技術を使えば
シームレスにコースを切り替えていき、
継ぎ目のない、ひとつの広い世界を実現するのも
夢ではない、と思ったんです。

そこから新しい「マリオカート」を構築しようとスタートを切りました。
・・・これが苦労のはじまりだったのですが(笑)。

そうやって苦難の旅が始まったんですね(笑)。ところで、みなさんはこのコンセプトを最初に聞いたとき、どう思ったのでしょう。

佐藤

私は『マリオカート ワールド』の立ち上げ時から参加していたのですが、
当時、世の中に広い世界で遊べるゲームは多く存在していました。
その開発の大変さは見聞きしていましたから、
「マリオカートでもつくれるのか?」という
プレッシャーを感じました。

それに、「マリオカート」は秒間60フレーム※4
描画することをずっと大切にしてきたゲームですし、
画面を分割して多人数で遊べることも、外せない要素だと思います。
ワクワクするけどこれは大変だぞ、という感じでしたね。

※4fps (frames per second)とも呼ばれる。ゲーム画面を表示する際に、1秒間に何枚の画像を表示しているかを示す数値。「30fps」は1秒間に30枚、「60fps」は60枚の画像が切り替わっており、数値が大きいほどなめらかな映像が表現できる。

石川

私は『マリオカート8』のときにもアートディレクションを
担当していましたが、『8』の時点でHD画質になって
表現できることの幅が広がったことで
個性豊かなコースやたくさんのキャラクターをつくれましたし、
ダウンロードコンテンツでゼルダやどうぶつの森のグラフィックスを
つくることもできたので、わりと「やりきった感」がありました。

そこに矢吹さんから「ひとつの世界をつくります」と聞いて、
「これはちょっと面白そうだな」と。
それまでコースを切り替えることでしか
マリオたちの世界を表現してきませんでしたが、
新しい見せ方ができるし、伸びしろがあるなと思いました。

なので、話を聞いた時点では、
大変さよりもワクワク感のほうが勝っていたのですが、
それがある意味、苦心のはじまりでした(笑)。

軸丸

私自身も、『マリオカート8 デラックス』で、
コース別に遊ぶ「マリオカート」はほぼ完成形に達したのではないか、
と感じていました。

そういう意味で「地続きの世界」で遊ぶ「マリオカート」は、
開発者の目線でもやりがいがあると思いました。

ただ、お客さま目線で言えば、特にゲームの続編が出たときって
「いろいろ変わっちゃった・・・」というのを
時には残念に思うこともありますよね。

だから、つくり手としては、
これまで「マリオカート」を遊んでくれていた人にも
満足していただきつつ、
かつ新しい要素を入れるにはどうすべきかを考えるのが、
最初の課題だと思いました。

朝日さんもサウンド面で考えるところがあったと思いますが、どんな印象を持ちましたか。

朝日

いろんな景色が全部つながって
世界が広がっちゃって、どうしよう!って思いました。
これまでは1コースに対して、天候や時間帯も踏まえた
オーダーメイドの曲をつくってきたのですが、
全部つながって、自由に走れるようになると
もっといろんなことを考えなきゃいけません。

コースとコースの間を埋めるための音がたくさん必要ですし、
お客さまによって走るルートや走行スピードが異なるので、
BGMを切り替えるタイミングも
毎度変わる想定をしておかないといけないんです。

これまでのサウンドのつくり方では到底開発が終わらないだろうな、
本当に完成できるのかな、と心配していました。

なるほど。「マリオカート」にとって大きな方向転換をみなさん感じたようですが、今作の企画を立てて進めていく中で、大事にしたことはあったのでしょうか。

矢吹

ひとつの世界になるからといって、
シリーズとして「マリオカート」が大事にしてきたことは
変えないように気をつけました。

今までどおり、家族や友だちとパッと遊べて楽しめるのはもちろん、
オンライン対戦※5で切磋琢磨できる深みも出さなければいけません。

※5オンライン機能のご利用には「Nintendo Switch Online」(有料)への加入が必要です。

軸丸

これまでのシリーズを遊ばれた方は、
遊び慣れた「マリオカート」を求めていると思いますので、
そこはちゃんと担保しようと考えました。

今作では「ウォールラン」や「レールスライド」といった新要素もありますが、
それらを使わず従来どおりの操作だけでも楽しめるようにしました。
歴代「マリオカート」のおいしいところは全部持ってくるつもりで、
実装や調整をしています。

開発中、矢吹さんが口癖のように
「前作ではこうやっていたけどね」って
ずっと言っていましたしね(笑)。

矢吹

ひとつの世界になったことで、
ありとあらゆる要素をつくり直さなければいけませんでしたが、
前作からあった要素について、
「前と同じようにつくる? 変える?」とよく話し合ってましたね。

佐藤

今回、ゲームをつくるためのツールから新しくしたので、
プログラム的なしくみも、すべてゼロからつくり直しています。

・・・ですが、矢吹さんから
「ゼロからつくり直すだけでなく前作と同じクオリティのものが
つくれるツールにするように」
ということは強く言われていました。

矢吹

それは簡単なことじゃないんですけど、
「遊び心地が前と一緒じゃないじゃん」って
よく言ってましたよね(笑)。

一同

(笑)。

石川

逆に、デザインの方向性はがらりと変わっています。
『マリオカート8』のときはホバークラフトのように変形するイメージから、
近未来的で洗練されたデザインを意識していましたが、
今作では世界のいろいろな場所を走るということで、「冒険感」を表現しました。

また、広い世界でも楽しんでいる空気感を出したくて、
「改めて初代『スーパーマリオカート』のような印象を大事にしたい」
って話していて。
そのとき、スタッフからポロッと出たのが
「わんぱく感」というキーワードでした。

そこからキャラクターがひしめき合ってレースをする
わちゃわちゃした感じとか、
いろいろなことがハチャメチャに起きそうな感じを大事にしてきました。

確かに初代の『スーパーマリオカート』は、狭いコースにギュッとドライバーたちが詰め込まれていたような印象がありました。こうしてみると今作も初代と同じように丸みのあるデザインですね。

石川

「スーパーマリオ」シリーズのキャラクターは
曲線が多いデザインなので、
その見た目との相性が合うように
車のデザインも丸みを意識しました。

また車に乗った状態でもキャラクター自体が
より生き生きとした印象になるように、
キャラクターの形の丸みや表情の柔らかさ、動きの豊かさで
「わんぱく」を感じる形でまとめました。

朝日

サウンドも「わんぱく感」をテーマにつくりました。
SE(効果音)でも広大な世界を感じられるように、
ゲーム空間のサウンドシステムを見直しつつも
「マリオカート」らしい、わちゃわちゃしたにぎやかさも大事にしました。

BGMでは「わんぱく感」にマッチする楽器として、
力強い音色が出るハーモニカをフィーチャーし
動画メインテーマ曲をはじめ、さまざまな曲に使用しました。

前作はサウンドも近未来的でクールな方向だったんですけど、
今回は生楽器の割合を増やして、エネルギーのあるサウンドを表現し、
明るい世界に寄りそうようにしました。

「わちゃわちゃした感じ」というと、今作は最大24人で対戦できるようになったようですね。前作に比べるとずいぶん増えましたが、この人数はわりと早くから決まっていたのでしょうか?

矢吹

前作では12人でしたが、
今作の24人という数字はだいぶ早い時期に決めていました。
大きい広い世界で長い道をつくっていくと、
対戦メンバーがいろんな場所に分散してしまって、
レース感が薄くなってしまうかもしれない。

じゃあ、対戦人数を増やしておけば
あちこちで競り合いが起こるだろう、と・・・
ちょっと安直に(笑)。

佐藤

当時はこの『マリオカート ワールド』を
Nintendo Switch向けに開発していたのですが、
その中に24人が収まるかな・・・というのは
プログラム面からは冷静に分析していました。

ゲーム開発では、いろいろな要素をつくり終わってから
最適化して処理を収める、という進め方をするのですが、
24人対戦にするということであれば
最初からいろんな処理をカリカリに最適化しながら
つくっていかないといけない状態でした。

これまでも頑張って12人対戦をつくっていたはずで、それを急に「2倍にして」と言われたら、戸惑ってしまいそうです。

石川

でも、デザイン的には
より「わちゃわちゃ感」が出るだろうなと
嬉しい気持ちでした。

それまでの12人でも多い印象でしたが、
矢吹さんの言うように対戦メンバーが分散すると
まばらに見えてしまい、絵としては寂しい感じに思えてしまうので。

24人だといろいろプレイヤー同士のからみがありそうで、
いいなと思っていたんですけど・・・。
いざ進めてみるとデザインするものが増えて大変でしたが、
やりがいがありました(笑)。

佐藤

Nintendo Switch向けに開発していたときは、
さすがにやりたいことを全部取り入れるのは難しかったので、
「何をあきらめるのか」を常に意識していました。

絵を少し削るとか、解像度をあきらめるとか、
場合によってはフレームレートを30にしようか、
という議論まで出ていましたから、
厳しい状態ではありましたね。

結局、何をあきらめることにしたんでしょうか。

佐藤

うーん・・・。

軸丸

・・・全部、あきらめられなかった(笑)。

一同

(笑)。

矢吹

何かをあきらめるという判断を
先延ばしにしながらつくっていたので、
どこかで大変なことになるのはわかっていたんです。

でも、『マリオカート8 デラックス』に、
コース追加パスを配信することを決めていたので、
「もうちょっと開発を続ける時間はあるだろう」と思っていました。

そんなときにNintendo Switch 2 に移行する話が出てきたので、
これは一気にできることが増えるぞと、まさに希望の光でした。